13th◇プロポーズ前夜
〜ロビー殿下視点〜
「今日はわたしが送るよ♪」
デートを終えて僕が『送るよ』と言うと、そう返してきた。
居室に着き、お茶を用意する。
「お待たせ…」
クルキスちゃんはソファーに身体を預け、微睡んでいた。
(最近、忙しそうだったもんな…)
お茶をダイニングテーブルに置き、起こさないようにそっと毛布を掛け、隣に腰を下ろす。聞こえてくる規則的な寝息は、こちらの眠気まで誘ってくる。
少しの間、寝ていただろうか。ドアの開く音で閉じていた目を開ける。
「あら、騎士隊長が来てたのね。邪魔しちゃったかしら?」
「あ、母さん。別に邪魔じゃないよ。クルキスちゃん、ちょっと疲れてるみたいで…」
「そうね…未知の魔人の討伐作戦で、各組織長には尽力してもらってたから。お陰で無事作戦は成功。お疲れ様、ありがとう…」
そう言って母はクルキスちゃんの頭をそっと撫でた。
「ねぇロビー、自室のベッドで寝かせてあげたら?ソファーじゃ休まらないわよ」
言われてみればそうだよな。
「よし、クルキスちゃん、僕に掴まって」
寝ている彼女を抱きかかえ、隣の騎士隊長居室へ移動する。全然起きる気配がない…余程疲れているのだろう。
そっとベッドに下ろし……えっと………鎧は……どうする?外した方がいいに決まってる。けど…
「寝込みを襲う気?」
「あっ、い、いや!!違いますよっ!」
ニヤニヤしながらプリオルさんが入ってきた。何でこう…いつもいつもこの人は絶妙なタイミングで現れるんだ?
「はい、どいてどいて。鎧は私が脱がせるから」
僕は慌てて隣の部屋へ移動した。
「相当疲れてるみたいね。隊長に就いて初めて陛下の勅命が下されて、気合入れてたから。ありゃぁ、朝まで起きないんじゃないかな」
「疲れてるんだったら、僕とのデートなんてすっぽかしてくれてよかったのに…」
「そんな事する子じゃないことくらい、殿下も分かってるでしょ」
確かにそうだ。僕の方が気付いてあげなきゃいけなかったんだ。何やってんだよ…
「さて、私は帰るわね。あ、それと…今、クルキスちゃんが無茶した時、止められるのは殿下だけよ。だからあとは任せた!妹をよろしく」
結局朝まで目を覚まさなかったクルキスちゃん。さすがに目覚めた時、傍に僕がいたら驚くだろうと思い、夜が明けきれる前に部屋をあとにした。
プリオルさんの言葉…正直、そう言ってもらえた事は嬉しかった。そして一晩中考えた。と言うか思った。このままクルキスちゃんと一緒に暮らしたい…。家族になりたいと…。
13th◇告白まで
〜ロビー殿下視点〜
「あ、あのさ……」
「ん?」
「二人で…どっか行かない?」
「……………………」
何で返事しないの?やっぱり僕じゃダメ?
断られるのが怖くて下を向いていた顔を恐る恐る上げ、彼女の顔を見る。小麦色の頬はほんのり赤く染まって…目が泳いでる?
「あの…ク、クルキス…さん?」
クルキスさんの眼の前で手をヒラヒラさせ『お~い』と声をかけると、目の焦点が合ってきた。そして僕を見るなり驚いた顔をして真っ赤になってクルッと後ろを向いた。パタパタと手で顔を扇ぎながら『ちょっと待って』と背中越しにうわずった声が飛んで来た。
(え?何、その反応。可愛いんですけど)
ほんの数秒だったかもしれないけど、返事が返ってくるまでに随分待たされた気がした。
「わかった、行くよ!」
僕たちは子供の頃から一緒で、幼馴染みと言うより『姉弟』って言ったほうがしっくりくる。多分…クルキスさんは僕のこと『弟』だとしか思ってない。そんな男から幸運の塔に誘われて、驚くのは無理もない。でも…全く男として意識してくれてなかったのはちょっと傷つく。だけど、あの反応は…勝算アリかも♪
「クルキスさんのことが好きなんだ。僕と付き合って欲しい」
「うん…。で、でも、なんでわたし?それに、なんで今日?」
「今日?ん~、それは…まぁ、こっちにも色々と事情がありまして…。でも、クルキスさんのことはずっと好きだった!この二年、好きな人なんか作るな〜って念を送ったりしてたけど、毎日毎日、気が気じゃなかった」
「そ、そう…。なんか…全然気が付かなかった…ゴメン。でも、殿下の気持ちは正直…嬉しい。わたしもロビー殿下のことが…好き」
もちろん成人してすぐ誘うつもりだった。でも、騎士隊長になったクルキスさんを今の僕じゃ守れない…いや、逆に僕のほうが守ってもらう立場。不甲斐なくて誘う勇気が出なかった。
そんな時思い出したんだ。おじいちゃんがエレナ前騎士隊長を見て、言ってたこと…。
『騎士隊員に直接魔物から守ってもらったことはない。守らなくて済むように未然に事を済ませるのが騎士隊の役目だ。そんな第一線で戦う騎士隊員だからこそ、支えてくれる人が必要なんだよ。それは同志でも友人でも家族でもいい。まぁ、形はどうでもいいんだ』
でも、僕は友人じゃぁイヤなんだ。そう気付いてしまったら、居ても立っても居られなくなった。それが今日…今だよ。
「じゃぁ、家まで送るよ」
「あ、ありがと」
この後、逆ギレされるんですけど…ね。
なんで挨拶にも来ないの?とか、急に目線が変わって変な感じがする!とか、勝手に大人になってる!とか……
耳まで真っ赤にして文句を言うクルキスちゃん、もう…可愛いしかないんですが。
「そんなこと言ってると、口…塞ぎますよ!」
番外◇奏女の移ろい
先生…
そう、ルクバさんは私の先生。私が生徒だった頃、魔銃導師として教壇に立ってた。
「ねぇ先生、今日はちゃんとご飯食べた?」
「ん?あ、あぁ……いや…寝坊しちゃってさ…」
「また?先生、大人なんだからちゃんと食べなきゃダメよ!ほら、これあげるから食べて」
「あ、うん…ありがとう」
この頃の先生の印象は…『だらしない人』
朝遅く起き出して、昼間はプラプラ。夕刻近く探索に入って、その後お友達と酒場でワイワイ。夜遅く帰って、翌朝は寝坊する。
だから私が朝起こしに行ってあげるの。
「もう朝だよ、いつまで寝てるつもり?今日の授業は先生が担当なんだからね」
「うーん…あと1刻。…まだ大丈夫……だよ……」
「ほら、そんなこと言ってないで早く起きて!」
いい大人なのにって思うけど、なんだか放って置けない。だって…普段はこんなだけど、エルネア杯で戦ってる先生はすっごくカッコいいんだもん!
「ねぇ、先生は…好きな人……いるの?」
何回聞いたかな?最初は恋人いるなら早く結婚してご飯作ってもらえばいいのにって思って、確認のために聞いてた。
「いや…別に」
って言ってた先生が、ある日…
「まぁ…私にも好きな人くらいいるよ」
その言葉を聞いた瞬間…思考停止。その場から逃げるように走った。
………えっ?ウソでしょ?そ、そりゃあ…先生は10歳だし、大人だし、当然だよね…むしろ10歳で好きな人もいないって方がおかしい……そんなこと…子供の私でもわかる!
その時思い知った…自覚なかったけど、私…先生が大好きだったんだ……
そんなこんなで私の初恋は見事に散った。だって先生は私が卒業する前に結婚しちゃったんだもん…どうすることも出来ないし、忘れるしかないでしょ!
とは言ったものの…忘れるどころか私の中の先生はどんどん美化されているみたいで…先生より素敵な人なんて存在しないんじゃない?って思えてきた。同級生の男の子なんて幼くて頼りないし…いや、先生だって頼りないんだけど…ああああっ、ダメだ…きっと私には先生より好きになれる人なんて現れないんだ!
初恋を引きずったまま数年が経ち、何故か13歳で奏女を勤めることになった。私…このまま…ずっと奏女のままかもしれない…さすがに焦るよ…ね。
そんな時出会ったのがマルク君。どんな出会いだったかすら思い出せないんだけど、気づいたら何時もそばにいた。年下だし、もちろん恋愛感情なんて無かったんだけど…彼の両親が共に魔銃師会所属で、お母様は導師。おまけに彼は『カーネイの瞳』の才持ち。そこに気づいた途端、私の興味が湧いてきた。やっぱりルクバさんが魔銃師だから魔銃ってだけで株が上がっちゃう…マルク君自身は『国民』なんだけどね。
ちょっと気になるマルク君。しかし彼はなんとも掴み難い性格で…15年の私の人生経験を以ってしても理解が追いつかない。その究極が…
「なぁオクタヴィア、俺と結婚しない?」
「はぁ?」
「結婚しようぜ、俺たち」
「あのぉ…わたし達って、付き合ってた?」
友達以上ではある事は認めるけど『好き』だなんて言ったこともないし言われたこともない。もちろん『幸運の塔』に誘ったこともないし誘われたこともない。なのにいきなりプロポーズ!?訳わかんない…
「どうせ付き合ったら結婚するんだし、順番なんてどうでもいいだろ」
「いや…よくないでしょ。だからっ!」
マルク君の腕を掴んで引っ張る。なんかこう…もっとドキドキしたりするのかと思ったけど、プロポーズしてくれた相手に告白って…もはやプロセスを踏んでるだけ。私の想像してたのと違う!
「じゃ、明日デート。それと奏女の引継ぎも準備しとけよ」
「あ、えっと…それが一番の問題なのよね…」
「辞めたくない?」
「じゃなくて…私の友達はみんな結婚してるから、誰に頼もうか…と……」
引継ぎ相手が決まらないまま三度目のデート。デートを終えてマルク君が居室まで送ってくれたんだけど…部屋に着くと、そこにはあどけなさの残る女性がいて…
「はじめまして!奏女を譲って頂けると聞きました!…あ、ごめんなさい、兄がお世話になってます。あたし、妹のバルバラです」
「え?あ、えっと…こちら…こそ?え、ちょっと待って!妹さん?」
「あぁ、俺の妹。奏女やりたいって言うから来てもらった」
「あ、そうなの?……え?そんなんでいいの?大丈夫?」
「もちろんです!」
と言うわけで、無事お役御免。
なんだろなぁ…。何年もルクバさんに固執してたのに、あっさり他の人と結婚しちゃう自分が信じられない。相手がマルク君だからなんだろうけど、それにしても…何もかもが軽い!!今まで重く考えすぎてたのかな?だから上手くいかなかったのかもしれないわね。
これからはマルク君と楽しく過ごそう♪行き当たりばったりな人生だって悪くない!
08th◇継承
「シャウラ…あのさ、二人でどっか…行かない?」
「え…わたしと?あ…そのぉ……えっと………」
返答に困っていると手首を掴まれ強引に引っ張られた。
昨日までナトルの制服を着てたわたし達…昨日までわたしと同じくらいの背丈だった彼…昨日まで普通に手を繋いで走り回ってたのに…今、わたしの手首を掴む彼の手は大きくて…目の前の彼の背中は広くて…山岳服が似合ってて…
歩くの早すぎ!それじゃなくてもドキドキしてるのに、鼓動に息が追いつけないよ…もっとゆっくりじゃダメなの?
「で?シャウラ、俺と付き合ってくれるよね?」
「……ま、待って。いろいろ早すぎない?だってだって、わたし達、昨日成人したばかりだよ?」
「だからだろ!お前を狙ってるヤツがいるんだからさ…だから!俺の恋人になって欲しい。『はい』って返事するまで帰さないよ」
わたしもアッティリオが好き…だけど今、即答出来ない理由は…アッティリオが山岳クルマン家の後継ぎだってこと。わたしは…巫女になるのが夢なの。
「悪い…シャウラの夢は知ってる。その夢を奪おうとしてるのも分かってる。だけど…俺はシャウラの夢よりシャウラ自身が欲しい。わがまま言ってごめんな、でも俺はお前じゃなきゃ…」
「わ、わかった!わかったから…離して」
すっぽりとアッティリオに包み込まれ、耳元で…泣きそうな声でそんなこと言われたら、わたしの夢なんてどうでもよくなるでしょ…だって、わたしもアッティリオが大好きなんだから。
そんなこんなで、成人した翌日には恋人となり、翌年の4日に結婚。人生の大半をアッティリオと過ごすことになった。
アッティリオが家督を継いだ日のこと、よく覚えてる…。他の山岳家が代替わりしていく中、アッティリオはなかなか家督を譲ってもらえなくて悩んでたね。ちょうどその頃、わたしはお義父さんからいろいろ教わったの。家長を支える心構えのようなものを。アッティリオはとにかく強さを求めていたから、わたしもそれを応援してた。でも、お義父さんは伴侶はそれじゃダメだって教えてくれた。だから悩んでるアッティリオをだだじっと見守ることが出来た。一皮剥けたアッティリオは更にカッコよくなって、精神的にも強く、逞しくなった。家督を譲る母親のジェナさんは誇らしげに、自らのその任を息子に委ねた。
「アッティリオ、家長就任おめでとう!来年からはリーグ戦で戦わなきゃいけないし、もっともっと鍛えなきゃね」
「出た…スパルタシャウラ」
「だって、アッティリオにはお義母さんのように兵団長になってもらいたいし、龍騎士にもなって欲しいんだもん」
「それは俺もなりたい!けど、今日はシャウラとベタベタしたい」
ひょいっと担がれ階段を昇る。それを見ていた家族はサーッと家を出た。あぁ…恥ずかしい!こういうとこ、山岳家ってイヤっ!
「シャウラ、ありがとな」
「わたしは何もしてない」
「だから、ありがとな」
「…うん。で、でもこれからが大変なんだからね、しっかりしてよ兵隊長!」
「なに今さら照れてんの?」
兵隊長として、兵団長として、父親として、そして夫として…アッティリオはたくさんの責務を背負ってる。わたしは初め、一緒に背負うのが夫婦だと思ってた…でも、それは間違いだったんだよね。むしろその逆…下ろした時にこそ、わたしがそばにいてあげなきゃ。それこそがわたしの役目なんだよね!
そして今…アッティリオは全ての荷を下ろした。なのにわたしはあなたのそばにいてあげられない…今が一番そばにいて欲しいはずよね?どうして先に逝っちゃうのよ…置いていかないでよ…ねぇ、アッティリオ…あなたのそばにいたい……本当はわたしの方があなたを必要としてるんだって…言わなかった?
1年半後…ようやくアッティリオに会えた。これからはずっと一緒だね。
山岳クルマン家に受け継がれてきた血脈と意志をわたし達は次の世代へ繋いだ。この先、何代も何十代も…連綿と受け継がれていく事を願う。
12th◇旅の終わり
エルネア王国…ここが?世界中から強者が集まると聞いて来たんだけど、何?こののんびりした感じ。
「あの!すみません、ここはエルネア王国で間違いないですか?」
「やぁ、旅の方。ようこそエルネア王国へ!いい国でしょう?ゆっくりしていって下さい」
間違ってはいない…じゃぁ情報の方が間違ってたの?
「なにかお困りですか?」
っ!!!!反射的に鞘に掛けようとした手を掴まれる。わたくしが背後を取られた?
「そんな物騒なもの、ここでは必要ありませんよ」
こ、この人…強いっ!
「お腹空いてません?食事でもいかがですか?」
軽い口調に一転し、掴まれたままの手を引かれ階段を昇ると涼やかな水の音を奏でる噴水が見えた。どうやらその奥に見える大きな建物へ向かっている。繋がれた手に視線を落とすと急に身の危険を感じた。
「は、離してください!」
離すどころか逆にしっかり握られる。
「ヤダね。君、何するか分かんないし…取り敢えず身元確認するからウィアラさんの所に連れて行く。すぐそこだから、大人しく付いて来て」
え?もしかして犯罪者扱い?それとも人身売買とか?この状況…まずくない?ちょっと待って…わたくし、どうなるの?
「いらっしゃい。あら、ルクバ君が女の子連れてるなんて珍しいわね!どなた?」
「おはようございますウィアラさん。今朝入国した旅人さん。名前は…」
「あ、『エレナ・エスパーダ』と申します」
「エスパーダ様です。じゃ、そういう事で!私はこれで失礼します」
へ?そういう事ってどういう事?あのぉ…わたくしはどうなるの?
事の次第を説明すると、この店の店主ウィアラさんは大笑い。そして色々と教えてくれた。
さっきの人の名前は『ルクバ・クルマン』
独身で恋人ナシ(そんな情報は要らない!)。魔銃師会に所属。魔銃師筆頭。前導師。ウォーリアーキング。エルネア杯の優勝者。『龍騎士』。両親も『龍騎士』。恋人募集中(だからその情報は必要ない)。
…ん?よく分からないけど、やっぱり只者じゃないって事ね。
それと、世界中の強者が参加しているという噂の大会は、エルネア城の奥の部屋にある転送盤から入れると教えてもらった。早速行ってみよう!
ここかな?魔法陣が描かれた場所を見つけ、足を踏み入れようとしたその瞬間、中から人が出てきた。
「エレナさま!やっぱり来ると思ってた」
「ルクバさん?!」
「これから入るの?頑張ってね」
「待って!あなた本当は強いんでしょ…手合わせ願える?」
「んー、今?ちょっと無理かなぁ…また今度ね!」
あれから何度も試合を申し込んでるんだけどルクバさんは受けてくれない。
「そんなことより、釣りでもしない?ハーブ摘みは?」
こんな感じであしらわれる。
「わたくしたち知り合ってだいぶ経つよね?ルクバさんとはもっと仲良くなりたいんだけど…」
ええ、だいぶ経たないわよ…出会ってたったの2日。そんな事は分かってるけど、もっと仲良くなれば試合だって受けてくれるんじゃない?そう思ったの。この国最強の武人、ルクバさんの…武人としての顔が見たい。正直、見た目は到底武人に見えないのよ…この人。優しい顔立ちで、女だって言われたら納得しちゃうくらい柔らかい表情するし…。でも、剣を抜こうとしたわたくしの手を押さえた時の力…その時わたくしの背中に流れた一筋の冷汗は彼の本質を…わたしくの本能が感じた取ったからだと思うの。
「おはようルクバさん。へぇ…こんな広いお屋敷に一人暮らし?」
今日こそは手合わせしてもらおうと朝早く家を訪ねた。
「エレナ…さま?おはよう…ございます………ふあぁぁ……」
大きな欠伸!ふふっ、寝ぼけてる?髪もハネてるし…直してあげようと手を伸ばした瞬間、景色が反転した。組み敷かれてる…鋭い眼で見下ろされ背筋が凍る…。やっぱりこの人…強い!
「あ、ごめんっ!!」
慌てて離れたルクバさんは、いつもの柔和な表情に戻っていた。
「こっちこそごめんなさい!か、帰るね」
逃げ出すように家を後にする。な、なに…なんでこんなにバクバクしてるの?治まらない鼓動を落ち着かせようと深呼吸する。あんな顔…初めて見た。……あっ、手合わせお願いするの忘れた…もう!何しに朝から会いに来たのよ!
どうしよう…ルクバさんの実力が知りたい。でも、どんな顔して会えばいいのか分からない。なのに、単に…会いたい。だけど……ああーっ、どうすればいいの?
「こんにちは。今日で一年が終わりですね。この先の旅路にもエレナさまに幸せが…ありますよう……あ、あの!この先はこの国で一緒に暮らしませんか?あ、いや…違う!そういう意味じゃなくて!…ごめん、忘れて!」
えっ?『一緒』に?それって…そういう意味じゃないって、じゃぁどういう意味なの?ルクバ…さん?
出国する…なら早い方がいい…。そう思うのにルクバさんのあの言葉が頭から離れない。きっと深い意味はない…ないんだって!そう言い聞かせても、この国で暮らしている自分の姿が思い浮かんでくる。そして、わたくしの隣には………
ダメダメ!わたくしは剣術を極めるために旅に出たのよ。こんな平和な国で暮らす意味は……ない…でしょ………。
「ルクバさんっ!」
試合に誘うの!わたくしと手合わせを……
「あ、あのさ……二人で…どっか行かない?」
milly◇約束
▷ウィアラの酒場
「アイク、ちょっと付き合え」
親友のジュストさんとウィアラの酒場を訪れた。いつもの気さくな雰囲気はなく、まるでこれから試合が始まるかのように鋭い目をしている。何かあったんだろうか…ただ食事に誘ったって訳じゃなさそうだ。
「ジュストさん、どうかした?」
そう言えば10日ほど前、妹のインファンタさんを紹介されたな…その答えでも聞かれるのか?
「アイク、明日は誕生日だったよな?」
「あ、あぁ…そうだね。何?前祝いでもしてくれるの?」
なんとか場を和ませようとしたが、どうやらムリなようだ。
「11歳になるんだよな?……結婚とか、考えてないの?」
やっぱりインファンタさんの事か。ここは真面目に答えないと…な。
「別に考えてない訳じゃないけど今は考えられない。そんなに器用な人間じゃないからさ。ジュストさんも知ってるでしょ、僕は龍騎士になりたいんだ。まずは今年のトーナメントで成績を残してエルネア杯への出場権を手に入れなきゃいけない…だから今は恋愛なんてしてる暇はない。ごめん!…インファンタさんの事…だよな?」
「あ、いや…妹の事はいいんだ………いや、よくないけど………あああっ、クソっ!全部お前が悪いんだからなっ!」
「な、なんだよ…ちゃんと答えただろ!訳分かんないんだけど」
「一発殴っていいか?」
「なんでだよっ!」
ま…まさかシャオちゃんの事?いや、でもきちんと断ったし…。いくら僕でもシャオちゃんをそんな目で見た事なんてないから!
「じゃぁ、龍騎士になったら結婚も考えるって事だな?」
「ま、まぁ…なれれば、ね。いったい何?奥歯に物が挟まったような…はっきり言ってよ!」
「場所を移そう。お前の家に行くぞ」
▷一昨日…
「アイクの事が好きなのっ!アタシと付き合って!!」
「待ってシャオちゃん、少し落ち着こうか」
「落ち着いてる!ずっと好きなの…子供だったけど、そう伝えてきたつもりよ。やっぱり本気にしてくれてなかったのね…」
「あ、いや…」
「アタシは本気よ。本気で好きだって伝えた。だから…アイクの気持ち、ちゃんと聞かせて」
「ごめん…シャオちゃんの気持ちには応えられない」
「そう…………アタシの事、嫌いなのね…」
「好きとか嫌いとかじゃない。シャオちゃんは家族みたいな存在で…だって生まれたときから知ってるし、ずっと成長を見てきた。ナトルの制服に袖を通した時も、昨日山岳服を身に纏った瞬間も…君のお父さんと一緒にずっと見守ってきた。そんなシャオちゃんを…そんな風に考えられない」
▷昨日…
「シャオ、どうした?いつものお前らしくないな」
「父さん…。別になにもないわ!アタシは元気よ!」
「父さんに言い難い事なら…母さんにでも、友達にでもいいから、ちゃんと吐き出しなさい。ひとりで抱え込んでいても前には進めないぞ」
▷城下の屋敷
「お茶でいい?それとも…ポムワインの方がいい?」
「酔ってする話じゃない…お茶でいいよ」
ティーセットを用意して腰掛ける。いったいどうしたんだ?
「で?僕に言いたい事があるんだろ?」
「……………」
「そんなに言い難い事?僕、何か気に障る事した?」
「アイク、山岳エドモンド家の婿になってくれ!頼む!!」
「はぁ?婿?えっ…婿って…えっ、えっ…?」
「頼む、シャオと結婚してくれ!お前が龍騎士を目指している事は分かってる。結婚するのはその後でいいから…」
「ジュストさん?自分が何言ってるか分かってる?」
「分かってるつもりだ」
「………シャオちゃんはまだ5歳だろ?いくら跡取りでも、慌てて結婚相手を決める必要なんてないんじゃない?それに…僕は明日で11歳になるオジさんだよ?もっと歳が近くて、有望なヤツが大勢いるだろ」
「あぁ、俺も全く同じ事をシャオに言った。だが…お前じゃなきゃダメだって聞かないんだ。……あんな顔されたら父親として娘の気持ちを大切にしたくなるさ…。まぁ、アイクが俺の息子になるのは癪に障るけどな!」
「息子になるとか…勝手に決めんなよ。僕にだって選ぶ権利くらいあるだろ」
「うちの娘じゃ不満なのか?」
「シャオちゃんにも言ったけど、そういう目で見た事ないんだ。シャオちゃんは可愛いよ。可愛いけど…なんか…やっぱりさ、僕には考えられない」
「アイクならそう言うと思った。もし俺に遠慮して断ったんなら殴るつもりだった…そこはよかったんだけど、それでも娘の気持ちは大切にしたい…だからシャオの事、本気で考えてくれないか?もちろん来年のエルネア杯に集中してくれて構わない」
「その間にシャオちゃんの気持ちが変わったら?」
「その時は俺が責任持って誰か紹介する!」
「ふざけんなよ…」
▷エルネア杯
「ジュストさん、手加減なんてしたら許しませんよ」
「当たり前だろ!負ける気なんて更々ねぇよ」
勝った方が勇者となり、バグウェルへの挑戦権が与えられるエルネア杯の決勝戦。近衛騎士隊長と山岳兵隊長が対峙した。
そして白夜。
「護り龍バグウェルに挑むのは…『アイク・ビリンガム』!」
さて…ようやくここまできた。5年前の約束、シャオちゃんは覚えてる?僕が頑張ってこれたのはシャオちゃんとの約束があったからだよ。だからちゃんと見てて!僕は必ず龍騎士になってみせるから!
▷5年前…
「ねぇ、アイクなら龍騎士になれる?」
「龍騎士?うーん、今の僕の実力じゃぁムリだな」
「ええーっ!アイクでもムリなの?」
「シャオちゃんこそ兵隊長になって、いずれは龍騎士でしょ?」
「アタシ?なれるかなぁ…。そうだ!アイクもアタシも、龍騎士になろうよ♪ね?」
「なれるかどうかは別として、目指すのは悪くない、かな?」
「うん!アイクは龍騎士になる。そしてアタシも絶対になるからね!約束だよ♪」
「約束ね…。ま、取り敢えず頑張ってみるよ」
▷幸運の塔
「約束は果たした。次はシャオちゃんの番だ。僕が側でサポートする…これからずっと君の側にいてもいいかな?」
「それだけ?ずっと大人しく待ってたのよ?ちゃんと『好き』って…言ってよ」
「…………シャオちゃんが…好きです。僕と付き合ってください!」
「アタシも大好き!ねぇ、早く結婚しよ♪」
「あ、あの…来年まで騎士隊長勤めなきゃならないんだ…だから早くても再来年?ごめん…そこまで考えてなかった」
「ええーっ!もうっ、父さんに言いつけてやる!」
「それだけは勘弁して…」
12th◇龍騎士
317年。今年は4年に一度のエルネア杯が開催される白夜の年。武術職に就く者であれば、この大会への出場、そして優勝する事がひとつの目標だ。
そのエルネア杯もいよいよ決勝戦、今回の決勝は珍しく夫婦対決と相成った。妻の『エレナ・エスパーダ』はローゼル近衛騎士隊の隊長、そして夫『ルクバ・エスパーダ』はガルフィン魔銃師会の前導師。ルクバは前大会で優勝し、龍騎士の称号も手に入れている。対するエレナは初参戦だが実力は夫を凌ぐ腕前だ。
「今日の試合、負けないからな!」
「こっちこそ、負ける気がしないわ」
試合前から火花を散らす夫婦に、観戦に来た人達もその異様な雰囲気に飲まれていく。
「出場選手は中へ」
両者の名が高々と呼ばれ、中央に立つ二人の気迫に闘技場内は静寂に包まれた。
「互いに礼!はじめ!!」
神官の声が闘技場に響き渡ると同時に両者武器を構え対峙した。
先に動いたのはエレナ、剣先が迷うことなく振り下ろされた。太刀筋が見えないほど速く、そして重い一撃が襲いかかる。周りの空気までも斬り裂くようなビュンッという音が唸る。それでもルクバは見切ったかのように身を翻して交わした。
(交わせた?いや…一瞬エレナさんの剣先が鈍った気がする)
(やっぱりやり難い…手加減なんてするつもりないのに最後の最後で…こんなんじゃ剣士だなんて名乗れない)
攻守交代。ルクバの放った魔弾はエレナの盾に阻まれながらも少しずつ、確実にエレナの体力を奪っていく。
(クソっ…なかなか削りきれない。あとひと押し…この最後の弾が決まれば勝てる!)
(さすがルクバさん、ガードの上からでも確実に削ってくるわね…これ以上喰らえばいくらわたくしでも…)
ルクバの最後の弾をエレナの盾が弾く。攻撃に転じた剣が空を切り裂く。そしてルクバの鼻先でピタリと止まった。
「そ、そこまで!勝者『エレナ・エスパーダ』!」
一瞬の静寂の後、歓声と拍手が闘技場に韻した。
「エレナさん、おめでとう!さすがだね、完敗だよ…」
「嘘つき。最後、わざと外したでしょ?」
「それを言うならエレナさんだって…」
「お互いまだまだ修行が足りないって事ね」
決勝戦の熱気冷めやらぬ中、始まった閉会式でエレナは陛下より勇者の称号を賜った。317年のエルネア杯は『エレナ・エスパーダ』の優勝で幕を閉じた。
迎えた白夜、勇者『エレナ・エスパーダ』が護り龍バグウェルに挑む。
降臨した龍に少しも怯むことなく対峙したエレナ。
「陛下のご命令のままに!」
フゥーッと息を吐き、閉じていた目を開く。目の前のバグウェルは冷ややかな目でエレナを見下ろしていた。
先手必勝とばかりにエレナの剣がバグウェルを捕らえる。しかし、そう簡単に倒せる相手ではない。
(さすが護り龍バグウェルね。でも、ルクバさんと戦うより…全然やりやすいわ!覚悟しなさいっ!)
バグウェルの攻撃ですらエレナの鉄壁の盾を打ち破れない。再びエレナの剣が舞い、重い一撃がバグウェルを襲った。
「そこまで!勝者『エレナ・エスパーダ』!!」
神官の合図にエレナは振り上げた剣を下ろし、鞘に納めた。
バグウェルに勝利したエレナは『龍騎士』の称号を得た。
「エレナさん、おめでとう!」
「今日の試合、勝ったんだ!」
試合が終わり、互いに駆け寄った二人。何度も掛け合ったこの短い言葉の中には二人だけに刻まれた歴史がある。
「ルクバさん、これから一緒に『禁断の遺跡』へ行かない?」
「いいね、行くよ!」
誘った妻の笑顔とそれに応えた夫の笑顔。互いの実力を認め、そして互いに信頼しているからこそサラッと最上級ダンジョンに誘えるのだろう。
『禁断の遺跡』の入り口からは魔銃兵ですら躊躇するほどの異様な空気が漂ってくる。二人はまるでデートにでも行くかのように意気揚々とそのダンジョンに足を踏み入れた。