12th◇龍騎士
317年。今年は4年に一度のエルネア杯が開催される白夜の年。武術職に就く者であれば、この大会への出場、そして優勝する事がひとつの目標だ。
そのエルネア杯もいよいよ決勝戦、今回の決勝は珍しく夫婦対決と相成った。妻の『エレナ・エスパーダ』はローゼル近衛騎士隊の隊長、そして夫『ルクバ・エスパーダ』はガルフィン魔銃師会の前導師。ルクバは前大会で優勝し、龍騎士の称号も手に入れている。対するエレナは初参戦だが実力は夫を凌ぐ腕前だ。
「今日の試合、負けないからな!」
「こっちこそ、負ける気がしないわ」
試合前から火花を散らす夫婦に、観戦に来た人達もその異様な雰囲気に飲まれていく。
「出場選手は中へ」
両者の名が高々と呼ばれ、中央に立つ二人の気迫に闘技場内は静寂に包まれた。
「互いに礼!はじめ!!」
神官の声が闘技場に響き渡ると同時に両者武器を構え対峙した。
先に動いたのはエレナ、剣先が迷うことなく振り下ろされた。太刀筋が見えないほど速く、そして重い一撃が襲いかかる。周りの空気までも斬り裂くようなビュンッという音が唸る。それでもルクバは見切ったかのように身を翻して交わした。
(交わせた?いや…一瞬エレナさんの剣先が鈍った気がする)
(やっぱりやり難い…手加減なんてするつもりないのに最後の最後で…こんなんじゃ剣士だなんて名乗れない)
攻守交代。ルクバの放った魔弾はエレナの盾に阻まれながらも少しずつ、確実にエレナの体力を奪っていく。
(クソっ…なかなか削りきれない。あとひと押し…この最後の弾が決まれば勝てる!)
(さすがルクバさん、ガードの上からでも確実に削ってくるわね…これ以上喰らえばいくらわたくしでも…)
ルクバの最後の弾をエレナの盾が弾く。攻撃に転じた剣が空を切り裂く。そしてルクバの鼻先でピタリと止まった。
「そ、そこまで!勝者『エレナ・エスパーダ』!」
一瞬の静寂の後、歓声と拍手が闘技場に韻した。
「エレナさん、おめでとう!さすがだね、完敗だよ…」
「嘘つき。最後、わざと外したでしょ?」
「それを言うならエレナさんだって…」
「お互いまだまだ修行が足りないって事ね」
決勝戦の熱気冷めやらぬ中、始まった閉会式でエレナは陛下より勇者の称号を賜った。317年のエルネア杯は『エレナ・エスパーダ』の優勝で幕を閉じた。
迎えた白夜、勇者『エレナ・エスパーダ』が護り龍バグウェルに挑む。
降臨した龍に少しも怯むことなく対峙したエレナ。
「陛下のご命令のままに!」
フゥーッと息を吐き、閉じていた目を開く。目の前のバグウェルは冷ややかな目でエレナを見下ろしていた。
先手必勝とばかりにエレナの剣がバグウェルを捕らえる。しかし、そう簡単に倒せる相手ではない。
(さすが護り龍バグウェルね。でも、ルクバさんと戦うより…全然やりやすいわ!覚悟しなさいっ!)
バグウェルの攻撃ですらエレナの鉄壁の盾を打ち破れない。再びエレナの剣が舞い、重い一撃がバグウェルを襲った。
「そこまで!勝者『エレナ・エスパーダ』!!」
神官の合図にエレナは振り上げた剣を下ろし、鞘に納めた。
バグウェルに勝利したエレナは『龍騎士』の称号を得た。
「エレナさん、おめでとう!」
「今日の試合、勝ったんだ!」
試合が終わり、互いに駆け寄った二人。何度も掛け合ったこの短い言葉の中には二人だけに刻まれた歴史がある。
「ルクバさん、これから一緒に『禁断の遺跡』へ行かない?」
「いいね、行くよ!」
誘った妻の笑顔とそれに応えた夫の笑顔。互いの実力を認め、そして互いに信頼しているからこそサラッと最上級ダンジョンに誘えるのだろう。
『禁断の遺跡』の入り口からは魔銃兵ですら躊躇するほどの異様な空気が漂ってくる。二人はまるでデートにでも行くかのように意気揚々とそのダンジョンに足を踏み入れた。