09th◇ first kiss
▶ジョスリーヌ
「あのさ…二人でどっか行かない?」
「お、おれ?」
声を掛けてきたのは奏女のジョスリーヌ。俺はたった今、成人式を終えたばかり。
「ベクルックスのことが好きなの…よかったら付き合って欲しいんだけど…」
「えっと…ごめん。俺まだ恋人とか考えてなくて…本当にごめん!」
ジョスリーヌは1つ年上で、知り合ったのは半年くらい前。そのとき既に奏女だったから、俺は彼女の顔すら知らない。そんな彼女がまさか成人式直後に誘いに来るとは思ってもみなかった。
別にジョスリーヌが嫌いな訳じゃない。ただ…俺にはやることがある。今は恋人とイチャついてる暇なんてないんだ。
「ベクルックスおはよう。東の森でキノコでも採らない?」
「あ…うん。いいよ」
「ねぇ、アタシのこと避けてるでしょ?」
「そ、そんなことないよ…」
「嘘吐くの下手!ま、いいや。行くよ!」
そう言ってジョスリーヌは、さも親が子供の手を引くように俺を引っ張って歩き出す。『好き』とか言われたけど、まるで子供扱いだ。
神職の仕事のひとつは香水を作ること。今日の彼女は花のような、優しい香りを纏っていた。仕事してたのかな?それとも…俺に会うために?いや…それはない。きっと仕事だ。
「さぁ着いた」
早朝の禁断の森は静寂に包まれ、俺たち二人の倒木を漁る音だけが響いていた。不意に花の香りが鼻腔に届く…
「ベクルックス…心に決めた人がいるの?」
「い、いや…別にそういう人は…いない…」
神職の象徴である、顔まで覆う大きな帽子がパサッと俺の足元に落ちてきた。
「じゃあ、どうしてダメなの?アタシはベクルックスが好きなの!」
初めて見た彼女の顔は…青く大きな目が印象的で…今、その瞳は俺だけを映している…
「ごめん…。困らせるつもりじゃないの。はぁぁ…ついこの前までこーんなに小さかったのに!成人式を終えたあなたを見た瞬間…誰にも渡したくないって思った。でも…ベクルックスはアタシの気持ちには応えてくれないのね…」
大きな目からこぼれ落ちた一筋の雫が俺の腕に落ちる…つま先立ちで俺の肩に手を掛け、ジョスリーヌはそっとキスをしてきた…
「こんなことして…奏女失格ね!ごめん、忘れて」
サッと帽子を被り走り去ろうとする彼女の腕を掴み、引き寄せて…ぎゅっと抱きしめた。
「ジョスリーヌ…ごめん…」
「こんなことされたら、期待しちゃうよ?」
「ごめん!」
今日はジョスリーヌの結婚式。幸せそうに見つめあい、シズニの神に誓いを立てる二人。あれからも俺たちは友達としてずっと付き合ってる。もちろん俺がジョスリーヌの友人筆頭だ。
「ジョスリーヌおめでとう。優しそうな旦那さんだな、幸せにしてもらえよ」
「当然でしょ!このアタシが選んだ人よ。だから必ず幸せになるわ!ベクルックス、あなたもアタシが選んだ人だよ…だから、誰が何を言おうと気にすることない。アタシはいつだってベクルックスの味方なんだからね」
俺にとってジョスリーヌは、姉であり、友人であり、恋人であり…要するに俺を理解してくれる数少ない『大切な人』だ。そんなジョスリーヌが巫女として俺を看取ってくれる。懐かしい…花のような優しい香りに包まれて俺はガノスからの迎えを受け入れた。
「早すぎるよ…昔から本当に思い通りにならない人ね。ベクルックスのバカ!!」
最後に『バカ』って…。でもそれがジョスリーヌらしくて…俺は笑って旅立つことが出来たんだ。