milly◇恋の行方
▶王太女ヴァネッサと山岳長子アズライトの恋。(ヴァネッサ視点)
その日…アタシは朝から緊張していた。
あと数日で成人するって頃、やっぱりアタシの気持ちを知って欲しい…そう思うようになった。
ずっと否定し続けた想いだけど、アタシ自身が受け入れて、卒業しなきゃ前に進めないよね。だから…せめて言えるうちに言っておきたい…子供の言葉だと…たとえ本気にされなくても構わない!そう思って何度も何度も頭の中でシミュレーションしたのに結局言えないまま数日が過ぎ、今日に至った。
もう時間がない…明日には成人する。成人したらこの気持ちを伝えることすら出来なくなる…だから今日しかない!今しかないの!
自分を奮い立たせ、蝶に願う…。
「ねぇ。…………ア……アズライトは…好きな人……い…いる?」
いて欲しくない!だけど…いて欲しい!矛盾する心でアタシの頭は混乱していた。
「い、いや…別にそういう人は…いないけど」
ホッとする自分を押さえ込むとフツフツと怒りが込み上げる。
「もう8歳でしょ?何してるの!跡継ぎなんだからさっさと結婚してご両親を安心させてあげなきゃダメでしょ!…………で…でも……もし…。
(ふぅーっ)…もし誰もいないならアタシがアズライトのお嫁さんになってあげてもいいわよ!」
「………は?ヴァネッサは王太女だろ、ムリに決まってんじゃん。まぁ…そのうち結婚はするさ!君に心配してもらわなくても大丈夫。俺って意外とモテるんだ」
知ってるわよ!アズライトはモテ王でエナの子でいつも女の人に追い回されてる。じゃぁ…なんで恋人作らないの?あなたがさっさと結婚してくれたら…アタシだって諦められるのに。
アタシとアズライトはお互い跡継ぎ。だから諦めるしかないんだって…わかってるわよ!わかってるけど、ずっと…ずっとアズライトのことが好きなの…。どんなに足掻いてもアタシ達は結婚どころか恋人にだってなれない、告白さえ許されない。そんなのって…ある?せめてアタシのこの気持ちを伝えることが出来たら…『好き』って伝えられたら…そう思って目一杯勇気を振り絞って声をかけたのに、結局『好き』って言葉を口にする事が出来なかった。あんなに練習したのに!
無事に成人式を終え、大人になって一週間、『殿下』と呼ばれるのにも慣れてきた。そしてやたらと男の人から声を掛けられるようになった。紹介された?どうせ紹介したのは母さんでしょ?
女王陛下である母は、結婚相手を早めに決めて国民を安心させることも大切だって、いつも言ってる。
でも…誰でもいい訳じゃないでしょ?やっぱり好きな人と結婚したいわよ。だから何人から告白されても……アズライトより好きになれそうな人なんて…………そう簡単には見つからない。
「殿下、さっき告白されてただろ?」
「ア、アズライト!?……見てたの?最っ低!」
「この国の美人王太女さまだもんな、そりゃモテるよな!」
「モテたって嬉しくない!アズライトにだってわかるでしょ?地位欲しさに言い寄ってくる人だって沢山いるわ…だからアタシが選ぶの!アタシが選んだ人と結婚するんだから!」
アタシは………アズライトと。…そんなこと許されない。もう会わないほうがいいに決まってるけど、アズライトと軽口を言い合う関係は続けたい。繋がっていたい…そう思っちゃ…ダメ?
「アズライトこそモテるくせに恋人作らないじゃない?好きな人…いないの?」
「……好きなヤツならいるけど、そいつとの未来は無いな」
「えっ…お、お、男?アズライトってそんな趣味あったの!?!?!?」
「バカっ!一応女だよ!」
わっ、アズライトが真っ赤になってる。いつもシニカルな人だから、焦ってる姿なんて初めて見た!…か、かわいい!
「じゃぁ告白すればいいじゃん」
「だから!そいつとの未来は…今のままじゃ……無いんだって!」
アズライトにも好きな人…出来たんだ…。そうよね、いい加減結婚しないと…跡継ぎなんだから!でも、なんで結婚出来ない人を好きになったの?さっさと諦めて次、探しなさい!そして告白して恋人になって…………結…婚…してよ………アタシの中から早く消えて!
大人になった今、アズライトへの想いは日に日に強くなっていく…諦めるしかない……そう思うけど、やっぱり会わずにはいられない。アズライトを釣りに誘って他愛もない話をする。
うん、これでいいの…こんな軽い関係でいいから………ずっとアズライトの側にいたい!
「殿下、俺さ…ジェンキンス家は継がないことにした」
「え……………っ?アズライト?どうして?アズライトなら山岳兵団長にだってなれるでしょ!龍騎士にだってなれるくらい強いじゃない!アズライトはいずれこの国を担っていく重要な人だよ?将来…アタシが女王になったとき山岳代表としてアタシの側で支えてくれるんじゃないの?」
「強いだけじゃダメなんだよ…弟の方が家長に向いてる、相応しいんだ。アイツなら立派に務めてくれる」
アタシが女王になるときには山岳兵団長として側にいてくれるんだって…なんの疑いもなく、当然のように思っていた。えっ?アズライトはジェンキンス家を継がない?………どういうこと……なの????
「でさ…他には?俺に何か言うことないの?」
「他に?」
「あー、もう!一晩ゆっくり考えな。…じゃあ、また明日な」
「あのさ…二人でどっか行かない?」
翌朝、アズライトを幸運の塔に誘った。一晩も要らなかった、あの後すぐに気づいたの…告白出来るんだって。きっとアズライトは『アタシが選ぶ』って言ったから待ってくれたんだよね?違う?
「ずっと…好きなの……アズライトが大好きなの!」
やっと『好き』って言えた。もう十分…もう…これで………振られても悔いはない!!
「知ってる。ごめんな、気付かないフリしてた…殿下を傷つけたくなかった。………殿下、俺も好きだよ………ヴァネッサが大好きだ」
………………嘘…。そうなればいいって…そうなりたいって思ってたけど…本当?もしかして……夢?
信じられなくて、嬉しくて、何が何だかわかんなくなってアズライトに当たり散らした。
「傷つけたくなかった?ふざけないで!もうすでに傷つきまくってるわよ!アズライトのバカぁぁぁ!責任とってもらうからね!」
「ああ、ちゃんと責任は果たす。これからは殿下のお側でお仕えします。…ヴァネッサの一番近くにいるから」
「じゃぁ、今すぐ結婚して!プロセスなんて要らない!今すぐ『アズライト・ビリンガム』になってよ!」
「落ち着けって!ちゃんとプロポーズは俺からする…から………」
プ、プロポーズ!?本当にアタシと結婚してくれるの?アズライトがアタシの旦那さまになるの?ずっと一緒にいてくれるってこと?
えっ……ど、どうしよ…踊り出したいくらい嬉しい!ねぇ!アズライトと結婚できるんだよ!キャーーーーッ!アズライトと…アズライトと!
「殿下?………ヴァネッサ!!!俺の話、聞いてる?なんで泣いてるの?」
「そんなことも分からないの?バカッ………」
それから毎日デートを重ねたんだけど、なかなかプロポーズしてくれない。結局、待ちきれずにアタシからプロポーズ。王太女と山岳長子…何度も諦めたけど、諦めきれなかった恋は、アズライトの計らいで実を結んだの。
「アズライト…アタシのこと…いつから好きだった?」
「好きになっちゃいけないって思ってたから、ずっと『好きじゃない』って俺自身に言い聞かせてた…」
「………ってことは、ずっと好きでいてくれたの?」
「ま、まぁな…。ずっと好き…だったんだろうな…」
「アズライトって面倒くさい人なんだね!」
照れ隠しで言った言葉…。だけどアズライトはアタシの心を見透かしてるようで…
「素直じゃないな…本当は待ってたんだろ?かわいくないぞ」
そう言ってキスしてくる…誰もいない早朝のニヴの丘はここだけ別世界みたいで…時間がゆったりと流れてるように感じる。
「そろそろ行かないと結婚式に遅れるぞ」
「もう少しだけ…いいでしょ?」
アズライトの山岳姿はこれで見納めかぁ…似合ってるし、カッコいいから少し残念な気がするけど、たぶん王族服も似合う!いいえ、似合わない訳ない!このアタシが選んだ人なんだから!