11th◇ガノスへ
今日はやけに身体が重い…今夜あたりナーガ様の遣いが来るな………。
「お父さんっ!お、おはようございます…」
「おはようルクバ君。どうした?朝から訪ねて来るなんて珍しいじゃないか」
「い、いや…」
そうか…ルクバ君は『シズニが導く者』の称号を持ってるから察してるんだね。私の命が間もなく尽きることを…。
そうそう、成人してすぐルクバ君が神職服を身に纏った時は驚いたな。君はそんなタイプじゃないと思ってたから。そして今は魔銃導師…立派になったもんだ、親として誇らしいよ。
朝食を終え、家族が出掛けると家にひとり残った。椅子に腰を掛け部屋を見渡す。此処には半年程しか住んでいないが、騎士隊長居室や花の邸宅での思い出までもがよみがえってくる。
「おじいちゃん」「お父さん」「パパ」「ジェローム君」みんなの呼ぶ声が聞こえてくるようだ。私は…いいおじいちゃんだったかな?いいお父さんだったかな?いいパパだったかな?いい夫だったかな?そんな事を考えてたら再びルクバ君が訪ねて来た。
「お父さん…つらそうだね、2階へ上がる?」
「あ、あぁ、そうだね…手を貸してくれるか?」
随分弱々しくなってしまったな…ひとりで階段も上がれないなんて。ルクバ君に肩を貸してもらい2階のベッドに腰を掛けた。
「ルクバ君ありがとう。君は分かってるんだろ?私にはもう時間が残されてないって…。お母さんを頼むよ、シェダルさんはいつも元気で明るい人だけど、人一倍淋しがり屋だから…」
「そんなの…分かってるよ。何年お父さん達の子供やってると思ってんの。心配しなくていいから…少し横になりなよ」
いつの間にか眠っていた。夢の中でシェダルさんが呼んでる…
明るい声がだんだん心配そうな声に変わっていく…ようやく現実に呼ばれている事に気付いた。
「あ、シェダルさん…」
「ジェローム君、どうしたの?らしくないよ!」
起き上がった私をギュッと抱き締めてくる。私も彼女の小さな身体を抱き締め返す。シェダルさんの温もりをいつまでも感じていたい…もう二度と私の腕の中に閉じ込めることが出来なくなる…そう思うと離れ難い。
「シェダルさん…愛してるよ。愛してる…ずっと一緒だから…ね?」
「……………ジェローム君…逝かないで!ずっとそばにいてよ!ヤダぁぁぁ!」
やっぱり気付いてたか…ごめんねシェダルさん。
「そんなに泣かないで。かわいい顔が台無しだ…ほら、笑って…シェダルさんの笑顔が見たい」
「そんなのムリっ!ジェローム君のバカぁ……」
子供みたいに泣きじゃくるシェダルさんの背中を擦りながら、まだ若かった頃を思い出す。
成人式を終えたばかりのシェダルさんを困らせた事や、半ば強引に幸運の塔に誘った事、恋人になってから互いに避けてしまった事、プロポーズ前日の情事、そして結婚。
シェダルさんと選抜トーナメントに挑戦して、騎士隊に入隊して、イヴォンさんと3人で探索に籠もって、それから…エルネア杯に出場し、護り龍にも勝って『龍騎士』の称号も得た。もちろん騎士隊長、評議会議長も務めた。手に入れられる物は殆ど手に入れた。それもこれも全てシェダルさんがいたから手に入れられたんだ。
ふたりから始まった家族も、5人の子供を授かり、今じゃ孫まで。私の思い出にはどれもシェダルさんがいる。私の人生、シェダルさん無しでは語れないな。シェダルさんの人生も同じだったら嬉しいよ。
「思い残すことはない。みんなが笑顔でいてくれれば…………」
さて、ナーガ様の遣いの者、そろそろ行こうか!名残惜しいが、いつまでも此処にいたらシェダルさんから離れられなくなってしまう…
『シェダルさん…私はいつだって君のそばにいるよ。だから、そんなに泣かないで…ね』